昭和41年07月08日 夜の御理解
先ほどちょっと、倉田百三さんですか、百三さんていうんですか、あの方の書かれたものを読ませて頂いておったら、こんな事が書いてあった。私は世の中のあの苦労人というのが嫌いだいうことを書いております。そのてん、宗教をする人宗教人ですね、のまぁ私流に言えば信心によってお徳を受けた人。ほんとに苦労人でなからなければ、信心の苦労をしておらなければ徳も受けられませんから、結局信心のほんとの修行をさせてもろうて、徳を受けた人という事になる。
世の中には様々なそれこそ、なら艱難辛苦悲啼、財を成したり地位を成したり、いわゆるそのそうしたつの話を、まぁ苦労人の話をなかなかその味があると言った様な事も申しますけれども、倉田さんはそういうておられます。普通でいう苦労人の、というのが好きではないとというわけなんですね。宗教をする人の、いわば苦労人のというのは、なに何故そのまぁ好きかというと。
結局いつもこの本当の事を求めてそれに対決しておるという、ね。ですからもういわば真実から真実をその、修行難儀の中から追求して、おかげを頂いておる人達というふうに、まあ私は感じたんですけれどもね。確かに私はそうだと。それを読ませて頂きよって、私もそんな感じがするですね。今日はあの午前中私奉仕しとります時に、孝さんところのお母さんがお参りしてみえてから、今お父さんが、久保山先生です。昨日から後藤寺の教会が、あちらの姉さんにあたられます。
現在の教会長はだから甥にあたられるわけなんですね。そちらのあの姉にあたれる方が、もう八十ぐらいになられるんじゃないでしょうか。十年位前にここに一回みえられた事がありましたから、もう七十からだったですから、確かにそうだと思いまずが、あのう最近孝さんがあちらに行かれた時に、非常にあのまぁ豊さんに会いたいと、お父さんに会いたいといってその、いうておられたから、あの一遍おいでなさいっていうてから、あのうまぁ適え子供達みんな連れて、昨日からいっておられるわけなんです。
そしてその事のお届けからです、まぁ色々お母さんが話されますのにね、ほんとにもう後藤寺の姉なんかはもうそりゃ若い時は大変難儀、苦労でございました。あれあの甘木の初代の親先生についてから、甘木の直属として後藤寺に布教された時なんかのもうそりゃ、苦労はもうそれこそ並大抵の事じゃなかったらしい。けれども結局は今一番、私共の主人の兄弟で幸せなのは姉のようですとこういうわけなんです。
それはもうほんとにもう今日もあちらの事を褒めちぎっていましたが、第一甥がいい息子さんが。先生現在はねえ。もうその嫁さんて方もとてもええ。もうその孫さんもお嫁さんに行かなければならん程しの年配の方がおられるそうですが、もうこの方がまたいい器量もいいかなと心も優しい。そういうもうほんとにもう信者さんからはもうほんとに親先生としてたてられる。もう子供たちからはほんとにそういう良い子に恵まれて、孫達に囲まれてです、もう一番幸せ致しておりますのは後藤寺の姉だろうと。
この前参りましたときに東京からあの皆さん帰って来た時に、一番あちらがどちらがどげんなるじゃろうか、後藤寺の次になるでしょうね東京の叔父さんは。小松さんですね。久保山先生の兄さんに当たられる方。こちらなんかはまぁ成功というたらもう、九州きっての成功者として、この頃西日本にもでとりましたようにですね。そりゃそうですよね、今のあのあれはんなにプリウスっていうこう自動車会社があるでしょう、あちらの社長をしておられる。しかもにほんごまたいのなんか重役もなさっておられます。
それはもうアメリカにも長くおられて、最高の学問を身につけられて、そして最高の地位と栄誉を得られたわけ。いわゆる九州からの成功者の中に数えられるほどのおかげを頂いておられるけれども、「お母さん、東京の叔父さんは、さほどに幸せそうにはなかごたるばい。家のお父さんのほうがよっぽど幸せんごたるばい。」。息子さんが誰もこれもね、親孝行したいという子供ばーっかりじゃんけんで、家のお父さんが一番幸せんごたるっちてからその、( ? )話ておりましたが。
それを聞かせて頂くだけでもそう思うんですよね。それはあちらどういうお子さん達がおられるか知らんけれど、とにかくあちらへ行ってから思う事は、東京の叔父さんは、地位やら栄誉やらを得られたけれども、幸せそうにはないということ。いわゆる苦労人は苦労人だけれども、成程、なるほどはなもちなあないごとあるですね、私達からいうと。そういう人達は。寄り付きにくいところがあるですね。ただ自分の主旨とか主義だけ。ならこれがいよいよほんなもんのようにいうても、そのほんなもので。
なら果して幸せになっておるかと、なるほど地位は得られた、ね。財産は築かれた。名誉は栄誉は受けられたけれどもです、なら果して東京の叔父様が幸せかというと、内のお父さんのほうが幸せのごたるというてその実りが申します、あれやらこれやら思うてみてですたい、折角信心で修行さしてもらい、信心で苦労さして頂いてから、おかげを頂いておるものが一番幸せだと言う事を、今朝久保山のお母さんが言われるんですよ。でそれをやら、倉田さんの言われるそれと、みてから思い合わせてですたいね。
たしかにそうだなということなん。だから信心しておる者は必ず皆が幸せということじゃあないです、ね。私共が信心させて頂くものだったら、おかげからおかげを追いまわしとったというだけの、信心者ならば、私たいしたことなかろうけれどもです、ね、やはり信心の苦労苦労に、ね、世の中世の中にいう苦労人というのは嫌いだと。けども信心での苦労人は素晴らしいというふうにいうておられるように、それは信心の苦労ということは信心の修行という事であろう。
ほんとの真の信者を求めて、そしてそこに神徳を受け人徳を受けさせて頂いた人達の姿という者は素晴らしい。それはなぜか。いつも真実というものが目指しだからなのであるということ。どういう難儀があっても、それを私の言葉にかえるならばです、いつも神愛がなへんにあるかということを追求しておると。どう言う様な所にあってもです、神愛を悟らしてもらい、その中に喜びを感じさせて頂いておると、ね。苦労の喜びいわゆる修行の喜びを感じておると。
そしてそのことの中からほんとのものを求めておる。ほんとの( ? )がみについておる。そういう繰り返しであるゆえにです、ね、宗教のいわば苦労人というのは素晴らしいと言う様な意味のことを、倉田さんが書いておられます。たしかに私はそうだと思うんですね。ですからお互いが信心させて頂くというものがです、そのようなどのようなことの中からでも、いわゆる真実を求めていく、ね。ここに例えばこういう難儀がある。自分の思いにならんことがある、ね。痛いかゆいがある。
その中にです、どういう御神意があるか。まあこれはお道流に私流に言えばです、その中に、神様は私に何を分かれと仰っておられるのかということがです、分からせて頂くときに、今までの苦労と思っておったのは苦労ではなくて、却ってそれに感謝の心。お礼を申しあげる心が生まれてくると言う様な、私は一生でなからなければならない。そこには、いわば、神様の御信用が頂けんはずもなし、お徳を受けられるはずもない、ね。なるほど、御藤寺の姉が兄弟では一番幸せにしておるということを。
久保山のお母さんがいうておられますようにです、ね。若い時から人の難儀が取次ぎ助けられることのために、そういう先生について修行であった。もうそれこそ大変な修行であった。亡くなられてから後は自分が受けられ、御長男が受けられ御長男が亡くなられ、現教会長先生が次男になられる方でしょ、が教会を奉仕しておられる。そこの中でです良い信者、良い子の良い孫の中にあってです、もうそれこそ日々を何ともいえん幸せの中に過ごしておる姉が一番幸せだと言うと言われる。
成程、なるほど私も十年前にお会いしたですけども、なんていうですかひとっつも気取りがない、ね。もう私は信心が分かっとるいうなふうがひとっつも見えない。もう私どんぐらいなものでももう実に実意丁寧。成程あれならば皆から愛されるはずだ、と言う様なものがです、ね。私共は若い時に苦労しとるけんでっちゅうて、がつがつしたもんじゃあない。私達の若い時のいわば苦労談でも、その話すと言った様なものがひとつもない。ほんとに苦労されたんだろうかと言う様な、その姿でですたい。
徳を身に受けておられるのを、私は十年前にここでお会いして、感じたことがございますけれども、成程真の信心を身につけていっていく者の幸せ、ね。成程ここに信心のある者無い者の、いわば苦労と修行の違いがある。親のある子と無い者の違いある、ね。ですから私ども、こうして皆さん、若いながらも真の信心を求めて稽古をなさるのでございますが、そういう尊いものを身につけていく為に、お互い信心の稽古をさせて頂いておるのでございますから、ね、ここんところを節度を持った信心。
私は今日は、今孝さんがあんまりはやく来ましたから、あらあんた今日なごつ出て来たねっちゅうたら青年会。あらほんな事もう時間見りゃもうすぐやんがて八時ですね。早い事もなぁんもない。それが当り前信心というものは難しいもんじゃあない、みやすいもんだと。けれども氏子から難しゅうする、と言う事はただそのわがよかごと、と言った様なもんじゃあない、ね。毅然とした心を頂けばです、信心はみやすいんだと。八時半なら八時半の御祈念に頂こうと思ったら、やはり八時に出てこなきゃならん。
八時に出てくるののなにがむつかしいか。信心とはそれなんだから。昨日上野愛子さんが頂いておられるように、信心とはむつかしいもんじゃあないという例えをです、お夢の中で頂いておられますが、ね、丁度汽車に乗るようなもんじゃと神様はおっしゃっておられます。八時の汽車に乗ろうと思えばやはり七時五十分、遅くとも七時五分前ぐらいには、プラットホームに立っておらなければ、やはり駄目だと。
八時に出るとに家ば八時頃でよる。ほうてんで汗ぶるぶるやったっちゃ、もう汽車出とる。そして汽車ま一時ばかり待っとってくれりゃあよかっとでと言う様なです、心の信心。これだけ信心するのにどうしてこの様な事がというのがそれなんです。ならお前が日頃どげな信心しよるかと、ね。だから難しいもんでもないでしょうが。お互い旅行する時のあの心持ちなんですよ、ね。
八時の車に乗ろうと思やあ、やはり七時半までに駅に行っとると言う位なゆとりのあーる旅行をさせてもらってです、ね、ゆっくり良か席も頂く事ができるようなもんなんです。それをてんでぶうぶうやってから走っていくけん、もうほんとにきついもんだと言う事になる汗ぶるぶる。信心ちゃきついとても私だんじゃでけんというな事を言う。問題は毅然とした、汽車に乗る時の様なその気持ちだけれども、やっぱり毅然としたものが必要だという。一分間でも待ちゃしません。神様だっておなぁし事ですよ、ね。
また次ぎに頂いておる。丁度飛行機の運転を覚えて飛行機に乗って歩くようなもんだと、ね。人は下の方ば歩いておる、自分はたかぁい所を歩いておる。飛んで回っておる。それこそ天かけ国かけがでける境地がある。これが何が難しいか、ね。覚えるまではまぁ難しいかも知れん。信心をやはり体得して、信心がどのようなものかと。ほんとに信心とは本心の玉を磨くものだと。信心とは日々の改まりが第一だと言った様な事だけでも、分からせていただいたら、あとはみやーすいもの。
そのことを通して磨きゃあいいのである。そのことを通して改まりゃいいのである。信心ぐらいみやすいものはない。しかもそれは汽車に乗るような心掛けだということ、信心を稽古するということは、ね。そして運転を覚えた時に、あーたまた自動車運転しよんなさるですが、むつかしかですかち。だぁれも自動車の運転がね、むつかしいというものはあるまいと思う。いいえみやぁすいですよち。そげんむつかしいと思うとるとなら運転はできやしませんよ。
神経こそ使え、それを眠ったり、汽車のその整備を怠ったりするところに事故があるだけのことであって、自動車の運転そのものはむつかしいことない。飛行機だっておなしこと、ね。成程信心ちゃみやすいものだということが分かるでしょうが、ね。そういうなら例えば信心をです、ね、身に付けさせて頂く。どんな場合でもどういう事柄の中からでも、ね。ほんとに私はもう、このお互い信心に縁を頂いたということだけはもう大変なことだと思うんですよ。
恐らく私、久保山先生のその例を取りましたけれども、御兄弟では一番の傑物 だっただろうと思うですね、お兄さんは、ね。だからこそ、あんなあぁいう地位も栄誉も得られたんです、ね。それでその歩かれた道はそれぞれだったけれどです、なら現在もうお互いがですたいね、先生方がもういうならばその最終駅に、もう近付きよんなさる、昨今ですたい誰が一番幸せかというと、誰が見ても御藤寺の姉さんが一番幸せじゃろうとこういうて。内々でん言うておる。
もう東京の叔父様よりも、家のお父さんの方が幸せだと。何故、ね、子供達が一所懸命孝行しようと思うておるっちゅうだけ。そん中にあるというだけでもお父さんは幸せだとこういう、ね。いかに私はその信心での苦労というものが尊いものであるか。そして間違いのない生き方であるかということをですたい、ね、私共が身を持ってそれを体験させていただいて。そういうおかげを目指しての信心でなからなけりゃならんと思うんですね。今日、丁度、それこそ期せずしてですたいね。
倉田さんの言うておられる、その普通でいう苦労人というものは嫌いだと。私もあのもうそれこそもう、つめにひをともすようにして、その沢山財産を貯めあげたとか、商売が、その、大社長になられたとかと言う様な話はもうふるふる嫌いです、私は、ね。そりゃなるほど、その人達のその人達のです、一つの哲学はありますよ、ね。例えばその人生の、その処理してこられた道というのは、ある意味では素晴らしいかもしれませんけれどもですね、それはしかし尊いものではけしてない。
ほんとの意味での尊いものではない。折角苦労させて頂くならです、信心の苦労であり、修行じゃなからなけりゃならん、ね。そしてその都度都度にその中から本当のものを目指して、本当なものを身につけていくから、成程身に徳を受けたものの人の姿というものは、誰からでも愛される。勿論神様からなおさらの事。愛される私どもにならせて頂く稽古をお互いさせて頂いておるのでございますからね。そこん所の焦点を間違えず、信心の稽古をさせて貰う。稽古させて貰う心掛けとしては、ね、難しいものが見やすいものと分からせて頂く所まで、信心の稽古をさせてもらわなきゃいけないですね。
どうぞ。